穢れなき獣の涙
「おぬしは、わしの自慢の息子じゃ」

 真っ直ぐな眼差しは昔と一つも変わっていない。

 ──あれは十一歳のときだったか。

 三つほど上の子が、どこかの家の花瓶を割ったことをシレアのせいにしようとした。

 大人しくてあまり話さないシレアは、子どもたちのなかではのけ者にされることが多かった。当然のごとく、味方のいないシレアをかばう者はいなかった。

 騒ぎを聞きつけたディナスは否定も肯定もせずにただ黙っているシレアを見やり、

「おぬしがどう考えて黙っているのかはわからぬが、その振る舞いはあとに響くということだけは、肝に銘じておくことだ」

 そういって結局、花瓶は誰が壊したか言及はされなかった。

 しかし、そののちに花瓶を割った子どもは幾度となくいたずらを繰り返し、成人を迎えた頃には荒くれ者となっていた。

 否定をしていたならば、彼の結果は違っていたのだろうか。それは解らない。

 ただ、あのときのディナスの眼差しは少しも曇ること無く真っ直ぐにシレアを見つめていた。

「そうか」

 そう返し、シレアは小さく笑みを浮かべた。


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