穢れなき獣の涙
「それでも、ネルサ様のためならばと──」

 そう、自分に言い聞かせた。

「わたしは憎しみなど求めていない!」

 叫びと共に振りかざした剣はネルサに届くことはなく、代わりに腹に熱く鋭い痛みが走る。

「あ──」

 手から剣が滑り落ち、無表情に自分を見つめる男を見やった。

「ネル、サさま」

 突き立てられた剣は腹から背中に抜け、肺や気道を傷つけているのか、口や鼻から赤い液体が噴き出す。

「貴様は奴に殺されなければならなかったというのに」

 まったく、使えないやつだ。

「な、何故」

「シレアはお優しいからな。貴様を殺せば、必ず奴は心に隙をつくる。そこから入り込み内側から黒く染めれば、俺の手を取ったものを」

「ど、してそこまで──」

「もしや、自分が奴と同じだとでも思っていたのか?」
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