穢れなき獣の涙
「黄泉へ旅立つ者に追い打ちをかけるな」

 死に行く者に敬意を払うのは礼儀だ。

 静かに発して大きな顔に歩み寄り、朦朧としているドラゴンの瞳を見下ろす。

 ネルサは息も絶え絶えになりながらも、シレアをギロリと睨み付けた。

 力の全てを顎に集中し、噛み砕こうと機会を見計らう。

 そのとき──

[っ!?]

 ポタリと頬に落とされた雫に視線を向けると、その表情は読み取れないながらも、シレアの瞳から涙がこぼれ落ちていた。

「邪悪(イヴィル)としての存在であるが故に、お前は倒されなければならない運命を背負った。それもまた、この世の理(ことわり)」

[ならば、何故に泣く]

 お前の意図がわからない。

「命は敬われるものだ」

 そこには情けも哀れみもなく、ただ失われ行く命に敬意を表し静かに祈りを捧げる。

「誰しも、生まれる場所を選べる訳じゃない。けれど──」
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