穢れなき獣の涙
 引き留めたい──でも、彼を止める理由がない。

 私は彼の家族でも親類でも、ましてや恋人でもない。

 いいえ、彼にはそんなものがあっとしても、決して留まることはないんだわ。

 旅立つ準備のため、部屋に戻っていくシレアの後ろ姿にまた唇を噛んだ。

 部屋に戻ったシレアは明日、すぐに発てるように荷物をまとめていく。

 先ほどの影の言葉が気にならないと言えば嘘になるが、厳しい試練とやらを確かめたい衝動にもかられている。

 一週間ほどを予定していた滞在がこうも早くに崩されるとは残念でありながらもシレアの口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。






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