恋華(れんげ)
駅前は一日の仕事や学校から解放されて家路へと急ぐ人々の波ができていた。
その流れに逆らうように、アコースティックギターを手に一人で熱唱している男の人。
まるで、その男の人のまわりだけ時間の流れ方がちがっているみたいだった。
ストリートミュージシャンの中にもプロ級にうまい人がいるってハナシは聞いたことがあるけど、ぶっちゃけ、その男の人の歌はそんなにうまいとは思わない。
でも自分のキモチを伝えようとする一生懸命さがすごくよく分かる。
「キライになった」とも「別れよう」とも言われないまま、うやむやなカタチで終わっていたセンパイとの恋に、完全にとどめを刺されたあたし…。
振って湧いたようなストーカー騒動に毎日おびえながら暮らしているあたし……。
最近のあたしはいろんな意味で疲れてた。
“疲れたときには甘いものがいい”っていうけど、今のあたしにはその男の人がうたうヘタクソで甘ったるいラブソングが、まるで癒しの歌のように感じられて、あたしは時間の経つのも忘れて歌に聞き入っていた―――