恋華(れんげ)
痛みを感じない傷がココロに一つ増える度、タバコに火を点けて

「またか、ちくしょう……」

とつぶやいて紫の煙を「ふぅ」と吐く。

それで全て終わりだった―――



「じゃあ、あたし今からゴハンだから」

「おう。じゃ、またね」

「バイバイ」

電話を切ると、

「カナカナカナカナ…」

ひぐらしがまだ鳴いていた。


「カナカナカナカナ…」

ひぐらしの哀しげな鳴き声は、あたしにとってある種の“タイムマシン”だ。

「カナカナカナカナ…」

その響きを耳に感じたとき、目を閉じれば、はじめてオトコにキスをさせたあの高2の夏が、昨日のことのようによみがえるからだ。

「カナカナカナカナ…」

あたしはベランダの手すりに背中からもたれかかると、目を閉じて、あごを上げて、耳を完全に無防備にさせた―――――
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