世界が終わる前に
それに、さっきよりもかなり距離が近い所為か、黒斗くんからシトラスのいい匂いがふわりと香ってきて、キュンと胸が高鳴った。
――黒斗くんは狡い。
だって、きっと黒斗くんは、こんなにも高鳴ってしまう私の胸の鼓動を知らないから。
「鞄、寄越せ」
「あ、うん」
急いで鞄を黒斗くんに渡すと、それを片手で受け取った黒斗くんのゴツゴツした大きい手にまたドキドキした。
「つーか、ちゃんと掴まれよ」
「え?……あ、掴まってるよ?」
言いながら不思議に思って首を傾げると、
「違ェよ。俺の腰に手、回せって言ってんだよ」
首だけで後ろを振り向いた黒斗くんが、溜め息混じりに言った。
「……へ?」
「落ちたら、危ねェだろ」
素っ気なくそう呟くと、前を向いてしまったので、私は「あ、う、うん」と従うしかなかった。