彼岸と此岸の狭間にて
〔2〕                     
葵が江戸に戻った次の日、茂助の店から使いが来る。                        
「兄上、どうかなさいましたか?」

「知り合いのご主人が亡くなった」                 
今日にも見舞いに行くつもりでいた。                  
「まあ、それは。では、お葬式に…?」                  
「いや、その主人とは面識がないからその必要はないが、あとで少し顔を出して来る。それより…」               
「分かっております。今日半日は山中殿のお子達は私がしっかり面倒をみます故、どうか兄上は心置きなく…」                      
「うん、済まぬ…」               
「どういうご予定で?」             
「そうだなあ、何か美味しい物を食べて、歌舞伎辺りでも見ようかと…」               
「それはきっと雪乃様もお喜びになりわすわ!」                   
「そうか!?…じゃあ、そろそろ出掛けるか?」                           
真っ青な秋晴れ。葵は雪乃を連れて物見遊山(ものみゆさん:デート)に出るつもりであった。                                                                                         



「雪乃殿、何か食べてみたいのはありますか?」              
「いえ、私は何でも…」             
(とは言うものの、俺も居酒屋しか行った事がないし…新宿辺りに向かえば何かあるかも…)                  
「じゃ、参りましょうか?」

「ええ…」                   
葵は俯き加減で自分の少し後ろから付いて来る雪乃が愛惜しくて仕方がなかった。                       

江戸時代は明治時代程、男女の交遊についてはうるさくはなかった。幕府が衰退して行くに連れて徐々にうるさくなっていく。
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