彼岸と此岸の狭間にて
「今はどちらに?」               
「駒込の方に…でも、殆ど帰って参りません」               
「それはご心配でしょう!?」

「はい…」                   
雪乃の瞳に蔭が差す。              
「私が明日様子を見てきます」

「えっ、本当でございますか!?」                    
「はい…うっ…」                
葵は体に軽い衝撃を覚える。雪乃が葵の胸に飛び込んでいた。                    
「嬉しゅうございます」             
「雪乃殿!」                   
雪乃の髪に付けた油が鼻を突くが、柔らかい肉付きは雪乃の肢体全てを否応(いやおう)にも想像せずにはいられなかった。                                                                                                                                                   


「御免!」                   
家の外には『忌中』の札が貼られており、客の出入りが激しかった。                  
「はい!?」                  
対応に出たのは30代の奉公人。

「私は紫馬葵と申します。茂助殿はおいででしょうか?」

「紫馬様ですか?暫らくお待ちを…」                              
悲しみの極みは過ぎたものと思われ、家の中では事務的な作業が淡々と行われていた。                       
「紫馬様!」                  
「お〜っ、茂助殿!」              
茂助の目の周りには『隈(くま)』ができており、かなりやつれて見えた。
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