彼岸と此岸の狭間にて
「ならば即刻長崎へ戻られよ」               
「そうしたいのは山々なれど、先立つ物が…」                
「そうであったのう!?」            
「前借りは出来ますまいか?」

「誰から?」                  
「荻原様から…」                
「それはちと無理だと思うが…」

「何故(なにゆえ)?」             
「拙者が前に断られた」             
「左様か…ならば今日までの奉仕分を…」                 
「日割りも無理で御座る。これも…」                   
「断われましたか?」              
「左様…」                   
「…くそおおお〜っ!!…子等が苦しんでおるのに拙者は何も出来ぬのか!!」             
長谷部は頻りに畳を叩いて泣き喚(わめ)く。

「落ち着きなされ、長谷部殿!」                     
(う〜ん、どうしたら良いものか!?)                  
山中は懐に手をあて考える。                       
(この一両は……しかし、………………………………ええい、ままよ!)                         
「長谷部殿、ここに一両御座る」

「えっ!?」                  
涙顔を上げる長谷部。              
「これを持って今すぐ長崎へ戻られよ」                  
「しかし…」                  
「拙者は大丈夫!それに荻原様がダメでも、菱山殿に掛け合ってみる」                
「……」                    
「30両は無理でも20両ぐらいは何とか工面してすぐに送り届けます故、安心して長崎へ戻りなされ!」            

「山中殿!!この恩は決して忘れまいぞ!そして、これを私の孫子の代まで伝え、山中殿が窮地に立った折には…」
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