彼岸と此岸の狭間にて
「そのような話は今でなくとも…ささっ、早く、長屋に戻って準備なされ!」             
「かたじけない。このご恩は…」

「それは後で良いから一刻も早く…それと、長崎の住まいの番地を書いて長屋に置いといて下され!」              

長谷部は何度も何度も頭を下げ、山中に促されてやっとの事で柳沢邸を後にした。                       

(あ〜は言ったものの、弱った。軽はずみな約束をしてしまったものだ!さて、どうしたものか!?長谷部殿の事を報告がてら菱山殿に会いに行くか!?)                                                                                                                                                                          
荻原の屋敷は信濃町にあった。駒込から徒歩で二時間程。山中は半日早く休みを貰って今、荻原の屋敷の浪人部屋で菱山と土門の帰りを待っていた。                                          
「おう、これは山中殿。お久しぶりで御座る。今日は何用(なによう)で!?」            
「菱山殿、それに土門殿もお久しぶりで御座る。実は、折り入って頼みがあるので御座るが…」                 
「どんな?」                  
菱山の鋭い目が一層鋭くなる。

「ここでは少し…外に出ませぬか!?」                  
山中は菱山と土門を連れ立って外に出る。                 

外は既に真っ暗で、三人は人気のない川辺の方に向かっていた。                 
歩きながら長谷部の事、至急お金が必要になった事を話す。
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