彼岸と此岸の狭間にて
〔3〕         

時は霜月(11月)の一日(ついたち)、夕刻。                  
「ただ今戻ったぞ!」              
「これは兄上、今日はお戻りの日ではないのでは?」            
「うん、これから用事があるので出掛けるが、その前に寄ってみた」                 
「そうでしたか!?」              
家の中に上がり座り込むと奥の部屋から幸恵と子供達が顔を出す。                  
「旦那様お帰りなさいませ」「父上、お帰りなさい」            
「おう、幸恵、燐、加奈、珠美、元気でおったか!?」                 
「旦那様、良き知らせが!」

「何だ?」                     
「雪乃さんにお子が…」

「真(まこと)か、雪乃?」

「はい…」                   
雪乃は顔を赤らめ、か細い声で答える。                  
「それは愛でたい!!吉兆の印しじゃ!」                 
「旦那様、何でございますか、その吉兆の印しとは?」

「何でもない。それより、葵殿には知らせたのか?」            
「いえ、まだ…」                
「何をしておるか、はよ、知らせて参れ!」                
「今…ですか!?」               
「そうじゃ、ぐずぐずするな!『幸せ』が逃げてしまうぞ!」                    
雪乃は急き立てられるように家を出て行く。                            
「旦那様、何かあったので?」

「ん、何故?」                 
「いつもと様子が違うようにお見受けいたすものですから…」

「何を言うておる!いつも通りじゃわい!のう、燐、加奈、珠美!」            

三人の子の頭を撫でる。


山中はこれからの事を考えると高ぶる気持ちを抑えれずにいた。
< 173 / 207 >

この作品をシェア

pagetop