彼岸と此岸の狭間にて
〔4〕         

山中はどこでどう時間を過ごしたか分からない程憔悴仕切って、夕刻、長屋に戻った。                 


町中は荻原が自害し、松平とその家臣が捕らえられたという噂で持ち切りだった。                                               
家の前に着くと、隣の家の『お兼(かね)』婆さんが青い顔をして山中に近づいて来る。                    
「山中さん、どこに行ってたんだい?大変な事になってるよ、もう!」                
山中には訳が分からない。            
「どうしたで御座るか?」            
「幸恵さんと雪乃さんが番屋にしょっぴかれていったんだよ!」                   
言っている意味が分からない。                      
「どうしてまた?」               
「何、言ってるんだい!?今回の謀反の首謀者のひとりという事になっているんだよ、あんたが!」               
「えっ、拙者が!?そんな馬鹿な!何かの間違いでは…」

「何でも投げ文にあんたの名前と所まで載っていたんだって!?」                  

(あっ、あっ、あ〜〜〜っ、謀[はか]られた!!書状に封がしてあったのでおかしいとは思ったが…)              
お兼婆さんが耳元で何かまくしたてているが、耳に入って来ない。                  
「だから、すぐ逃げないと捕まっちまうよ…」               
「お兼さん、拙者の子供は?」

「えっ、お満(みつ)ちゃんの所にいるよ」                
「三人とも無事で?」              
「三人とも元気だよ」              
「良かったあ〜っ…」              
(さて、どうする!?番屋に行って申し開きをしても信じてくれまい。逆に、遠島か死罪になる可能性も…だが、このままでは幸恵と雪乃の身が……そうだ、葵殿、葵殿がおった!!)
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