彼岸と此岸の狭間にて
葵は江戸に戻ろうかとも考えていたが、山中の事が気になっていたので信州に向かう事にした。                                                     

朝早く、甲府を出る。江戸を出てもう8日も経っていた。




韮崎との中間地点辺りまでやって来るとどこかで自分の名前を呼んでいる事に気付く。                    
(山中殿か!?)                            
見れば百メートル程離れた小高い丘で誰かが手を振っている。姿は武士のようであった。                    
(この辺りで俺の名前を知っている者などいる筈がない。絶対、山中殿だ!)                         
葵は嬉しさの余り雑木等を気にせず声のする方向に走り寄る。                    
(無事だったか!?諦めずに探し続けて良かったあ)                         

声の主は葵が近づくと、その丘の裏の方に下りて行った。                      
(あれっ、どうしたんだろ!?)                                                                                              

葵が息急(いきせ)き切って裏山を下りていくと、薄(すすき)が生い茂る原っぱに出る。                   人影が見えない。                
(あれっ!?)                             
薄が揺れたかと思ったらその影から菱山が表れる。               
「待っておりましたぞ、紫馬殿!」                    
「お前は…」                  
「まんまと我らが策略にはまりおった愚か者目!」             
続いて土門も表れる。              
「どういう事だ!?山中殿はどうした?」
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