彼岸と此岸の狭間にて
その頃、山中は菱山と土門を探してあちこちの口入れ屋を訪ねていた。                
「左様か、最近は見ていない!……失礼、つかまつった」                    
本日五度目の空振りである。 

(今日はもう無理か!?間もなく日も暮れる。最後に、少し遠いが四ツ谷まで足を延ばしてみるか!?)                 

山中は八月の残暑の中、気力を振り絞って品川から四ツ谷に向かう事にした。                                                                                                                               




山中が四ツ谷に向かう一時(いっとき[2時間])程前。                                   
菱山と見知らぬ浪人が山中の長屋の家の前に立つ。                         
「御面、山中殿は御在宅か!?」                     

雪之が突っ返棒を外して戸を開け、表に立つ二人の侍を眺める。


「…兄はただ今外出しておりますが…」                   
「左様か。拙者、『菱山』と申す。御帰宅されたら、明日、駒込の『古木屋』に辰の五つ半時(午前九時)においでになるよう、お伝え下され」                    
「承知しました」                
「失礼つかまつる。では、『長谷部』殿、参りましょうか!?」                   
菱山はもう一人の男を『長谷部』と呼んでその男を連れ立って帰って行った。                                  
(『菱山』という男、なんて薄気味悪いのかしら!?)                     
雪之はいつにも増して突っ返棒をしっかりと戸に挿んだ。
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