彼岸と此岸の狭間にて
〔2〕                     
「紫馬様、今日は大月(山梨県)の宿にお泊りいたしましょう!?」                 
新宿を出て5日程立っていた。こんなに歩いたのは小学校の遠足以来である。             

「そうですか。目的地までは後どのくらいですか?」              
「後3日も掛かると思いますが…」                    
(げっ!3日も掛かるのかよ!?)                    
茂助が申し訳なさそうな顔をしている。                  
「茂助殿はこの仕事長いのですか?」                     
「10歳の時からですからもう30年にもなります」

「ところで『お伊勢殿』は何故一緒に?」                  
「はい、お伊勢はこの先の韮崎(にらさき)が生国で、当家に奉公して七年になりますが3年前に一度里帰りをしただけで。それで『序(つい)でに里帰りも良いのでは?』と旦那様が仰(おっしゃ)るものですから…」             
「成る程…」                  
「それに旅は大勢の方が安全ですし…」                  
大分苦労して来たのであろう、笑うと顔に刻まれた皺が一層濃く浮き彫りになる。            
「それで勘吉は?」               
「私の身の回りの世話役に…」

「旅も色々と大変ですね!?」

「普段は年末に一度ぐらいなのですが、今回は現金が急に必要になったとの事で…」                      
「えっ!?」                  
「何でも、ある殿様に用立てる必要があるんだそうです」

「そうだったんですか!?」                                   
甲州街道の往来は激しかった。飛脚、籠、荷馬車、逸馬(はやうま[幕府などから緊急に出される馬])、そして旅人。
旅人は大抵が行商人で、一般の旅行客は少なかった。
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