彼岸と此岸の狭間にて
「ある要人の警護にあたるというのは本当の話で御座る」            
山中が顔を上げる。                           
菱山は山中に顔を近付け声を潜(ひそ)める。               
「要人とは…」                 
山中が固唾を飲む。                           
「『柳沢吉保公』で御座る」             
「柳沢吉保公!!!」               
菱山が咄嗟に山中の口を押さえる。                    
「しっ!声が高い」

「失敬。柳沢吉保公とは、五代将軍綱吉公の側用人であられたあの吉保公で御座るか?」

「いかにも!」                 

地方藩士の一役人に過ぎなかった山中には信じ難い話である。野球で例えるなら、一野球少年が『シアトルマリナーズのイチロー』に会うようなものだからである。                
「でも、柳沢様は引退をしたと聞いております」              
「これからの話を聞いたからにはもうこの仕事を断れないが、よろしいか!?」                        

山中は少し躊躇した。だが、現状は『にっちもさっちも行かない状態』である。ならば、いくらかでも金になる方を選ぶのは自然の流れ。                      
「合い分かった!」               
「左様か、それでこそ山中殿!一両は帳消しに致そう」

「かたじけない」                
騙されて礼を言っている山中は完全に菱山達の術中に填(は)まってしまった。                            
「よろしいかな!?我々の後ろには『荻原重秀様』と『松平輝貞様』がおるのじゃ!」                     
再度の『ビッグネーム』に山中の開いた口が塞がらない。                    
「荻原様と松平様が…!?」
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