きみが見た光
「ホテルなんか行くわけないでしょう? そっち方面にある飲み屋に行っただけよ!!」

「痛てぇっって!」

筆を置き、俺は振り返って両手でその拳を受け止める。

奈緒の目は、涙ぐんでいた。

「簡単に裏切るわけないでしょ…」

次第に彼女の殴る力は弱くなり、やがて下を向き殴る手を止めた。

「ふーん…」

そんな彼女を冷たい目で眺めた後、俺はエプロンをサッと整えて、筆を取った。

「橘先生には、最近家に掛かって来る無言電話のことを相談してただけよ」

「無言電話?」

俺が聞き返すと、奈緒は小さくうなずいた。

「一人で家にいると、何度も無言電話が掛かって来るの。…なんか気持ち悪くて。それで…」

俺は不安そうに話す奈緒の話を、黙って聞いていた。



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