きみが見た光
「真白くん」

奈緒は、俺の両肩に触れた。

「私、記憶を無くしていたあの2年間、毎日駅前の広場にいたの。夕方の5時から、日付が変わるまで。どうして足が向くのか理由はわからなかった。でも行かなくちゃいけない気がして、いつも駅前のベンチに座って、ロータリーを眺めてた…」

俺はゆっくりと顔をあげる。

「なん…だって?」

驚いている俺に、彼女はうなずいた。

「記憶は失われてしまったけど、体は覚えていたのかも知れない。とにかく、誰かが現れるのを、待っていたの」

俺の肩を掴む力が強くなっていった。

「そんなわけ…」

「本当なのよ! お願い、私を信じて…!!」

強い眼差しが、俺の胸に突き刺さる。彼女のそんな目を見ていられなかった俺は、目を逸らしていた。

「…信じられるはず、ねぇだろ」

消え入りそうなほどの小さな声が、静まり返る二人の間で揺れて、消える。

俺はエプロンを乱暴に外し、かばんを鷲掴みにして、走って部室を後にした。



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