きみが見た光
あの時
この人はこんなふうに笑ってはいなかった。

むしろ、『また来たのか』と疎まれていると思っていたからだ。

毎日足を運んでも、結果は同じ。

『奈緒の記憶は、そんな簡単に取り戻せないの。お願いだから、帰ってちょうだい』

いつものこの人の台詞だった。

こどもながらに傷付いた覚えがある。



「友人との約束までまだ時間があるの。…あなたには、ずっと謝らなければならないと思っていたから」

思ったよりも上品に笑ったそのほんの一瞬、悲しい色の瞳を見せたその人は、俺の背中を押した。

俺達二人は、喫茶店に通じる階段をのぼりはじめていた。





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