性別≠不一致
フラット
静かな店内にはジャズのBGMが流れているだけで、空気は停止したままだ。
いつも賑やかなマミさんも、仕事中にも関わらず話しかけてくる竜司くんも、編集者さんから逃げ隠れているゴウさんも、お店の常連さんも誰もいない。
スピカも店の隅に設置された大きな犬用ベッドで気持ちよさそうに寝息を立てているし、マスターも元々無口な方で、食器をピカピカに磨いている。
なんで俺、ここにいるんだろ。
この日は竜司くんがシフトに入っていないことは知っていたけど、必ずいないという保証はどこにもないのに。
例えば荷物を忘れて取りに来たとか、急に仕事が休みになって無理やりシフトに入ってきたとか。
そんな気まずい状況も考えたけど、それでも自然と足を運んでいた。
家に居ても、大学の研究室に籠っても、竜司くんのあの言葉が頭から離れなかった。
「千秋のことが大好きだ」か。
なんだかマミさんと揉めていたようだったし、きっとなんのらかの形でとっさに飛び出した言葉なんだろう。
そういった好意が含まれていなことはわかっている。理解しているつもりだ。