いい意味で
ふと気配がして、後ろを振り向くと若菜さんが申し訳なさそうな顔をして立っている。

若菜「ヨシさん。あの・・あたし…」

僕「なんすか?」
自分でも分かる。今の僕の目は、人を傷つける目だ。
何故僕はこんなに怒っているのだろう。

若菜「あたし…どうしてもこのまま青森に帰れません。」

僕「なんですか…俺はよくわかんないっす」

若菜「…こんな誤解されたまま。ヨシさんとさよならなんて出来ません。」

僕「でも、ごたごたはもう疲れたっす…」

若菜「すいません…でも…」

僕「…俺もう部屋に戻りますから。」
「ちょっと待って!」っと服をつかまれ、振り返ると
目の前に若菜さんの体があった。

そして、僕はギュッと抱きしめられた。

僕はびっくりして、「おぉ。」と動きを止めた、数秒だろう。
目線は泳ぎ続けた。

若菜「急にごめんなさい。でも、もし最後になるなら。と思うと胸が苦しくて…ごめんなさい。そろそろホテルに帰ります。」

一筋の涙を流した後、その通り道を拭いて、若菜さんは僕より先に部屋に戻っていった。

僕はもう一本煙草を吸いながら、また胸に少しづつ違和感を感じる。
なんなんだよ。くそっ。
若菜さんの涙が浮かぶ。若菜さんの笑顔が浮かぶ。どんどん違和感を感じる。
さっきの根本的な何かが、もっと確かなものになっていくような。

知ってるんだ。本当は。信じたいんだ。本当は。
その気持ちに気付いたら、僕のこの正体不明の違和感は止まらなくなる気がした。

だめだ。半端ない。
僕はそこで少し休み、それが収まると部屋に戻った。

その時の僕は気付いていなかった。その違和感を感じるたびに
僕は人間じゃなくなっていることを。
若菜さんと距離が縮まれば縮まるほど。
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