黒の歌姫
「おい、あんた達」
割れ鐘のようなガラガラ声に振り向くと、日焼けして赤ら顔の農夫が、さすまたの柄にもたれかかるようにして立っていた。
「誰の客だい?」
男は胡散くさげにきいた。
「人を訪ねてきたわけではない」
ランダーが用心深く答える。
「見てのとおり、連れの旅支度が心もとなくてな、どこかで服を調達できないか?」
「この道をまっすぐ行きな。寺院に行く坂の手前に店がある。そこの娘が仕立屋をやっているから、何かあるだろうさ」
「何という店だ?」
「みんなは『ジェイクの店』と呼んでいるが、どうせ村に一軒しかない店だ。迷いっこないさ。まあ、早く用事を済ますことだ。俺ならこんな呪われた村は、とっとと出て行くね」
「呪われた村って?」
ソニアがきくと、男は顔をしかめた。
「死神にとりつかれているんだよ。〈流れる民〉の娘っこなら分かるだろう? あんた達の一族は魔物のお仲間だっていうからな」
男はそう言うと、早く行けとばかりに手をはらった。ソニアはつんと顔をあげると、さっさと馬を進めた。
ベルー族は時として〈流れる民〉と呼ばれる。
彼らは、もともと定住の地を持たず、野鹿を追って季節ごとに住む場所を変えるという生活文化を持っていた。海を挟んだ隣の大陸に征服されてからもそれは変わらず、大半のベルー族は野鹿を狩り、歌や踊り、時にはまじないなどを生業(なりわい)とし、城邑から城邑へと流れ暮らしていた。それゆえ、ある種の魔力の持ち主として恐れられたり、忌み嫌われたりしているのだが、ソニアのみならず、ほとんどのベルー族は〈流れる民〉という呼び名を嫌っていた。
割れ鐘のようなガラガラ声に振り向くと、日焼けして赤ら顔の農夫が、さすまたの柄にもたれかかるようにして立っていた。
「誰の客だい?」
男は胡散くさげにきいた。
「人を訪ねてきたわけではない」
ランダーが用心深く答える。
「見てのとおり、連れの旅支度が心もとなくてな、どこかで服を調達できないか?」
「この道をまっすぐ行きな。寺院に行く坂の手前に店がある。そこの娘が仕立屋をやっているから、何かあるだろうさ」
「何という店だ?」
「みんなは『ジェイクの店』と呼んでいるが、どうせ村に一軒しかない店だ。迷いっこないさ。まあ、早く用事を済ますことだ。俺ならこんな呪われた村は、とっとと出て行くね」
「呪われた村って?」
ソニアがきくと、男は顔をしかめた。
「死神にとりつかれているんだよ。〈流れる民〉の娘っこなら分かるだろう? あんた達の一族は魔物のお仲間だっていうからな」
男はそう言うと、早く行けとばかりに手をはらった。ソニアはつんと顔をあげると、さっさと馬を進めた。
ベルー族は時として〈流れる民〉と呼ばれる。
彼らは、もともと定住の地を持たず、野鹿を追って季節ごとに住む場所を変えるという生活文化を持っていた。海を挟んだ隣の大陸に征服されてからもそれは変わらず、大半のベルー族は野鹿を狩り、歌や踊り、時にはまじないなどを生業(なりわい)とし、城邑から城邑へと流れ暮らしていた。それゆえ、ある種の魔力の持ち主として恐れられたり、忌み嫌われたりしているのだが、ソニアのみならず、ほとんどのベルー族は〈流れる民〉という呼び名を嫌っていた。