黒の歌姫
 あきらかに気分を損ねているソニアの後をランダーは黙ってついていった。慰めたり、励ましたりするのは苦手だったし、ソニアの性格――すぐカッとなるが、怒りがさめるのもはやい――を知っていたからだった。
 道と畑の間にはなみなみと水をたたえた用水路が続いていた。少なくとも、旱魃の被害にあっているわけではないらしい。近くで見ると、畑の方は順調に作物が育っているようだ。ただ、牧草地の方は、草が伸び放題で、家畜が放牧されているようすはない。
 寺院へ続く緩やかな坂の入り口に店はあった。
 古ぼけた看板には「白い湖水亭」と彫ってある。しかし、村に一軒しかない店なら、屋号より主人の名前で呼ばれるのは当然のなりゆきなのだろう。
 ランダーとソニアは馬を下りると、店の前にある木に手綱をつないだ。早朝でもあり、店が開いているかどうかは分からなかったが、ランダーは扉に手をかけた。どっしりとした扉はきしむ音をたてながら開いた。
 店の中は薄暗かった。
 店の中央には背もたれのない椅子が並んだカウンターがあり、左側には日用品が並び、右側には丸いテーブルがいくつかと、椅子がある。どうやら、半分が居酒屋で、半分が雑貨屋といった店らしい。
 カウンターの奥には、がっちりとした体格のいい男がいた。ランダーも背の高いほうだか、男はさらに頭一つ分は大きいようだった。
「お武家さん」
 男はカウンターの上を拭きながら、ぶっきらぼうに言った。
「何のご用で?」
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