黒の歌姫
「女の服選びは長くていけねぇや。どうです、だんな、エールでも?」
「ああ、もらおうか」
 ランダーはカウンターの椅子にすわった。店主は慣れた手つきで陶製の大きなジョッキになみなみとエールをつぎ、ランダーの前に置いた。
 ランダーは泡立つ金色の酒を半分ほど飲み干すと、驚いたように眉をあげた。
「いいエールだ。街道沿いの宿屋で出す、水みたいなのとは大違いだな」
「あいつらは本当に水をまぜているんでさ」
 店主が言った。
「ここにも時々、買い付けにやってくるが、あれっぽっちしかいらないのなら、宿なんてとっくの昔につぶれているよ」
「なるほど、それで合点がいったよ。ところで――」
 ランダーは慎重に言葉を選びながら言った。
「――ところで、この村のまわりはなんだってあんなに十字架だらけなんだ?」
 店主はぎこちなく目をそらした。
「信心ぶかい土地柄なんでさ」
「村の入り口にいた男はそうは言わなかったぞ」
 店主はあきらめたようにため息をついた。
「魔物がでるんですよ」
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