黒の歌姫
ソニアと一緒にいれは、妖魔のたぐいにはことかかない。
「ここの魔物には賞金はかかってないですぜ。大金を出せるような金持ちはいないんでね」
「領主は誰だ?」
「このあたりは寺院の直轄地でさ。城邑の殿様なら気前よく賞金を出すんでしょうがね」
 店主はため息をついた。
「おまけに丘の上の司祭さまときたら、立派な方かもしれねぇが、俗世間とはかけ離れたお方でね」
「『深き信仰の力もて魔に打ち勝て』か?」
 ランダーは茶化すように聖典の語句をそらんじると、残りのエールを飲み干した。
 パタパタと小さな足音がして、ソニアがうれしそうに駆けこんできた。
「ねえランダー、これでどう?」
 ソニアはくるっと回ってみせた。
 動きやすいことだけは確かだった。
 ソニアが選んだのは、くすんだ青い色の生地で仕立てたチョッキと細身のズボンだ。チョッキの下には淡いクリーム色の麻のシャツを着て、服よりやや濃い色のつばなしの帽子を小粋にちょこんと乗せている。いつも身につけている黄金の首飾りや腕輪だけがちぐはぐだった。
「男の子の服のほうが動きやすいとおっしゃって……」
 灰色の布を抱えてソニアの後をついてきたサイラがとまどったように言った。
「自分が気に入ったなら別にいいさ」
 もともと着るものに無頓着なランダーはそう言った。
「まったく、どうしてあなた達〈赤い大陸〉の女性は、ドレスなんて、あんな動きづらいものを着たがるのかしら」
 ソニアは不満げに言った。
「女らしく見えるからじゃないのか?」
 ランダーがそっけなく答える。
 すると、ソニアは考え込むように腕組みをした。
「そうね。確かにきれいな服よね。ドレスの方がだんぜん見栄えはするわ……やっぱり別のにしようかな」
「そのままでいい。夜会に行くわけじゃないんだぞ」
 ランダーはきっぱりと言った。このままソニアの気まぐれにつきあっていたのでは日が暮れてしまう。

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