黒の歌姫
 棺の乙女はゆっくりと身を起こした。
 ランダーは魅入られたようにじっと動かない。アマナの両手がランダーを抱くかのようにのび、首筋にからみつくのがわかっても、身じろぎひとつできなかった。
 彼女の手は氷のように冷たかった。
 そして、うっとりするほど優しかった。
「ランダー!」
 ソニアの声は悲鳴へと変わった。
「やめて、アマナ! その人を殺さないで!」
 一瞬の間があった。
 ソニアは迷わず穴の中に飛び込むと、アマナの手を引き離し、ランダーにしがみついた。
――あなたは誰? なぜ私の邪魔をするの?
 アマナの唇から、ささやくような声がもれた。
「あたしはソニア。ベルーの〈黒の歌姫〉よ。この人はあたしの大事な人なの。傷つけたら許さないんだから」
 ソニアは必死にランダーをかばうように抱きしめた。
――変な人。わたしは人を傷つけたりなんかしないわ。
 アマナはとまどうようなしぐさをした。
――ここはどこなの?
「墓地よ。あなたは死んだのよ、アマナ」
――そんなはずはない。見て、手も脚も朽ちてはいない。
「それはあなたが生き物の精気を吸い取っているから。おのれならぬ生命で身体をたもっているのよ」
――なぜそんなことを言うの? わたしは生きているわ。再びあの方にお会いするまで死にはしない。
「あの方って?」
――湖に住む魔物よ。美しい姿の、美しい声の。ずっと呼んでいるのに来て下さらない。さあ、その手を貸して。喉が乾くの。とっても乾くの。わたしを助けてちょうだい。
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