黒の歌姫
 アマナはゆっくりとソニアに向かって手をさしのべた。
「どけ、ソニア」
 ランダーが怒ったように言った。
 実際、彼は腹を立てていた。自分自身に。
 アマナこそが魔物だというソニアの言葉を真剣に聞いていたら、もっと注意して棺の蓋を開けられたはずだ。ざまはない。自分はおろか、ソニアまで危険にさらしているではないか。
「だいじょうぶ、正気に戻った。下がっていろ」
 頭は殴られた後のようにくらくらしていたが、ランダーはかすれた声でそう言うと、ソニアの体を片手で抱き上げ、穴のふちにすわらせた。
「お前の歌で彼女を鎮められるか?」
「わからないわ。彼女はベルーではないし、精霊でもない」
「心強いことだな」
 ランダーは苦笑した。
「とにかく、歌ってみろ」
 ランダーが長剣を抜いて構える。
 ソニアはすわったまま、後ろに体をずらして姿勢を整えた。
 七弦琴は手元にはない。
 だが、何としてもアマナの魂を鎮めない事にはランダーの身が危うい。
 少し離れた場所では、司祭が必死に聖典を唱え、神官達がひざまずいて神に祈っていた。農夫達は神官達の後ろに下がり、かたずをのんで見守っている。ジェイクとサイラだけが、蒼白な顔で司祭の横に立っていた。
 ソニアは大きく深呼吸をした。
 荒ぶる精霊を鎮める呪歌ならばいくらでも知っていた。だが、ソニアはただの古い恋歌を選んだ。恋人を亡くし、その亡骸にとりすがる男の歌だった。永遠の愛を誓う歌詞を、ソニアは朗々と歌い上げた。
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