黒の歌姫
 ソニアの歌声は、いつにも増して美しく響き渡った。
 誰一人、その場を動く者はなかった。
 魔物と化したアマナさえ、赤い目を見張ったままその場に立ちつくしていた。
 ソニアの歌声が時を止めたかのようだった。
「アマナ、俺達を信じてくれ」
 ランダーは言った。魔物と化しているとはいえ、女を斬りたくはない。
「君を湖まで連れて行く。だから、おとなしく眠ってくれ」
 アマナは苦しそうに顔をゆがめた。
――だめよ。喉が乾くの。乾いて眠れない
 アマナは再びゆっくりとランダーに向けて手をさしのべた。
――助けて……
 その時、一陣の風が通りぬけた。
 ソニアの歌がぴたりと止まった。ランダーは思わずソニアの方を見た。そして、すぐにその訳に気づいた。
 穴のふちに湖の精霊がいた。
 長衣の裳裾が風に舞い、精霊は両手を広げてさしのべてアマナの名を呼んだ。
「アマナ、我が乙女よ」
 アマナはくいいるように精霊を見上げていた。そして彼女の口元が震え、両の目から、はらはらと涙がこぼれ落ちた。
「もう生き物を襲うのは、おやめ。我はここにいる」
――ずっと、お待ちしておりましたのに。なぜおいでになって下さらなかったのですか?
 切ない言葉が唇をついて出る。
「すまぬ。そなたの真心を見誤ってしまったのだ」
――わたくしが人間だから?
 水の精霊は首を振った。
「人の子であろうとかまいはしない。ただ、そなたを仲間達から引き離すのが忍びなかったのだ。その迷いが結局、そなたを追い詰めてしまった。許せ」
 アマナは泣きながらうなずいた。


< 47 / 55 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop