黒の歌姫
「俺は…ランダーだ」
「けがをしているのね、ランダー」
 ソニアの冷たい指がランダーの額の傷をたどった。ソニアが動くたび、シャランと優しい音がする。それは、彼女が首や腕につけている何本もの黄金の輪がぶつかりあってたてる音だった。
 ソニアはランダーのけがを手当てし、かくまってくれた。後で知った事だが、彼女はカディス城邑の高官を務める男の養女だった。
「養女といっても、娘として扱われているわけではないの」
 ソニアはランダーにそう語った。
「確かに何不自由ない生活を送っているわ。でも、それは愛情からではない。あの人達はあたしをカディスに閉じ込めておきたいだけなの。あたしが〈黒の歌姫〉だから」
〈歌姫〉の名が何を意味するのか、ランダーは薄々知っていた。噂を聞いた事がある。ベルー族には呪術的な風習が色濃く残っている。その一つが〈歌姫〉だ。〈歌姫〉はいわば巫女のような存在らしい。しかし多くの〈歌姫〉は、何度となくベルー族の反乱の旗印とされ、反乱が鎮圧されるたびに処刑されてきた。
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