ヴェールを脱ぎ捨てて
「――――!」
それは紙面の中心を上から垂直に握った時にできる模様と酷似している。そう、それはまるで誰かが鏡の裏から鏡の中心部分を握っているような感覚。握られた模様に合わせて映る自分の姿の気味の悪さに今にも吐き気がこみあがってきそうなほどに不気味なそれを、どうやら侍女は気付いていないようである。
――――気付いているのは、自分だけ。
こんな怪異な現象、童話や絵本の中でしか知り得なかったものであるが、今現在、私という存在の篝火の弱さを思うと頼るしかないと瞬時に理解する。だって今の私には、眠っているだけで助けに来てくれる王子様も、悪を打破してくれる勇敢な若者の影でさえもないのだ。そう、試しだ。試しにあの歪んだ表面を触ってみよう。もし危機感迫った私のただの妄想だとしたら、すぐに窓から飛び降りて屋根の上を走ればいい。とにかく、私にはもう時間はない。化粧の支度は終わった。墓場までの案内人がいつやってくるかは想像できない。だったら、考えるよりも行動するべきだ。行動する前によく考えろ、とは言われる教訓だが、私にはよく考えるという余裕は存在しない。教訓は時と場合によって姿を変えるはずである。私は、侍女に気付かれぬよう、静かに椅子から腰を浮かせる。ちょうど、侍女が化粧道具を片づけている最中なので、私にまで注意が届いていないはずだ。
手を、伸ばす。希望を込めて。ぐぐぐ、と指先を精一杯にぴん、と伸ばす。筋肉が張って痛みがきたって構わない。私は願いを込めた。私だって、幸せになりたい。せっかく生きてるのだがら、自分の結婚相手くらい、自分で見つけてみせる。私の存在を認めてくれるひとを、見守ってくれるひとを―――マレーンを心から好きになってくれるひとを。
私はもう姫でも王女でも何でもない。どこにでもいるただの女と分類される人間なんだ。私には権利がある。縛りもなくなった立場での権利が。自由という権利が。だから私はそれを最大限に利用する。誰とも分からぬ人間とこれから一生を共にするなんてそんなの絶対に許せない。許さない。私は、手を伸ばし続ける。指先が、鏡の表面を擦った。あのいつもの冷たさではなく、石鹸のようなぬめりとした感触で今にも突破できるような柔らかさであった。
< 4 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop