。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅱ・*・。。*・。
案の定、急に拍子抜けして俺はあっさりイチの手を放した。
掴まれた腕をさすりながらイチが立ち上がる。
「何よ。兄弟揃ってあたしに説教?」
イチは衛を睨み上げると、腕を組んだ。
「説教?フフッ。私はそんな面倒なことしないよ。君を迎えにきたんだ」
「迎えに?あたし今日あんたんちに行かなきゃいけないの?」
「強制じゃないよ。でもいつまでもここにカンヅメじゃ退屈だろう?それとも弟の家の方がいいかい?」
イチは逡巡するように俺たち兄弟に視線をやると、
「どっちもいやだけど、あんたの方にするわ」と衛の方を見た。
「そうか。じゃぁ仲良くしよう♪」衛はにっこり笑ってイチの背中を軽く押し、御簾の向こう側へ促す。
二人の背中が俺から遠ざかっていく。正直……ほっとした。
御簾の向こう側で衛の声がする。
「ところで君はジェニー派かい?それともリカ派??」
「は?人形遊びなんてやらないし」
「バービー派だったら、残念だがうちにないんだ」
いまいち会話がかみ合っていない。あの二人本当に大丈夫か?
って言うか衛…お前、ジェニーとリカだったらうちにあるのかよ。
疑問に思ったが、知りたくないな。
俺は吐息をつくと、ネクタイを緩めた。
夏の暑さがワイシャツに纏わりつく。
こんなときはビールで一杯やりたいな。
決して大きくないが、小奇麗な店で、優しくて美しい女将が独りで切り盛りしている“あの”小料理屋で。
彼女の出してくれるどこか懐かしい味の煮物を食べながら、他愛もない話を繰り返す。
激しい情熱が湧き上がるほど、溺れるような恋ではなかったけれど―――
あの女将の笑顔は心休まる―――
でももう、その店は世界中のどこを探しても
ない。