栄人と優人ーエイトとユウトー
「早和、手が荒れてるぞ。
前はあんなにスベスベだったのに。
それに、随分痩せてしまったね。
本当に、今迄俺の我がままを聞いてくれて有難う。
先生が言った限界がきたようだよ。
早和も疲れたろ?俺も疲れてしまった。
絵本もほとんど完成したし、早和との思い出も沢山できたよね。
今、とても幸せなんだ。
俺、明日入院するよ。
いいね、早和。」

優人の表情はとても穏やかで、満足したように微笑んでいた。

「うん・・・。」

早和の目から涙が溢れ、優人の手を伝って床に落ちた。
近藤と泣かないと誓ったあの日から、初めて流した涙だった。

入院後、優人の意識は日に日に薄れて行った。
早和が呼び掛けると目を開けるが、しばらくするとまた閉じてしまう。
そんな状態の時、栄人が病室を訪れた。

「久しぶりだね。」

「栄人さん・・・。」

早和は驚きと嬉しさで、言葉を続けることができない。

「何度も電話をくれたのに、出なくてごめん。
近藤が知らせてくれたんだ。
今優人に会いに来なかったら一生後悔するってね。
優人、今話せる?」

少し照れ臭そうに早和と話していた栄人だったが、優人の姿を見た途端、言葉を失った。
痩せて、酸素マスクをしている優人は、栄人が最後に見た時とはまるで別人のようだった。

「優人・・・。」

ベッド迄行くと、そこにくずおれた。

「優人、ごめんな。
俺がつまらない意地を張ったばっかりに、お前が苦しんでいる時に、何の支えになってやることもできなくて・・・。」

栄人は悔しそうに、何度もベッドを叩きながら泣いた。

「兄貴?」

優人が目を開いた。
その目は今でも澄んでいて、栄人を一層悲しくさせた。

「兄貴、来てくれたんだね。
よかったあ。俺、この頃夢ばかりみてね。
まだ目が見える頃、父さんと母さんと兄貴とでよく出掛けたでしょ。
あの頃の夢なんだ。
本当は忘れていることも多いのに、夢の中でははっきりしてるんだよ。
不思議だよね。」

優人がゆっくりと、笑顔で懐かしそうに話す。
早和は、最近では返事をすることさえ、やっとの状態だった優人が話すのを見て、ずっと栄人を待っていたんだと思った。
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