feel〜優しい体温〜
今まで俺は音に頼り、音だけの為に生きて来た。


当然それを失うと、無意味に動くだけの屍だ。


大切にしてきたクラリネットを吹いてみても、ただ息を吹き込んでいるだけ。全く音が聞こえない。


その後、縋る様な想いで補聴器なんて着けてはみたが、聞こえるのはある程度なモンでほとんど変わらず、その揚げ句、見ず知らずの人間まで俺を可哀相な目で見やがる。


時には女の前だからか何だか知らねーが、


\俺、アアイウ人見ルト放ットケナインダヨネ。


などと抜かして声を掛けてくる奴もいる。


−別に普段の生活に不便な事はねぇよ。偽善者。


俺は根っこから腐っちまったらしい。


赤の他人にまで障害者扱いされるぐらいなら、着けない方がマシと、補聴器を投げ捨て、"音"も捨てた。


が、"穴が空いた、ただの棒"同然になってもクラリネットだけは離す事が出来なかった。


俺はそれから毎日近くの公園で、クラリネットに息を吹き込み続けた。


もちろん、どんな音が鳴っているのかは解らないが、多分それが生きていく為に残された最後の手段だったんだと思う。


ギリギリのラインでも音楽家でいる為に。
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