幸せはひとつでピリピリ甘い
彼と並んで自転車を漕ぐ。
「あ、並走ってだめなんだっけ。」
「まあ、いいんじゃね?」
なんて会話をぽつりぽつり。
向かうのは、私の家。
いつからか、家の方向が違う彼が、こうして逢ったあと、私を家まで送ってくれるようになった。
最近では、それがなんとなく当たり前のことになっていたけど、本当は、凄く感謝しなきゃいけないことだと思う。
彼と話をしながら、そんなことを考えていた。
思えば、彼のことを、いつまで経っても名前で呼べないし、思い切って手も繋げないし、部活や勉強で忙しい中で、わざわざ自分に時間を割いてくれることにも、こうして家まで送ってくれることにも、お礼がちゃんと言えない。
たぶん、彼は全てを受け止めてくれるけど、私は何も言えない。
全部、私が臆病なせい。
軋むペダル。
夜空には、春の空気でぼかされた月と星が浮かんでて。
彼の優しい声は、私の胸の奥深くに落ちる。
ペダルが、軋む、軋む。
私の家につくと、私は自転車を庭に置いて、彼の傍に寄る。彼は自転車にまたがったまま。
そうして、二人でしばらく話をする。
これも、いつものこと。
それは、とても幸せなこと。
だけど、その幸せが普通になってはいけなくて。
.