AKIRA
「お前、北小?」
「う、うん」
「へぇ、テニスクラブの試合に来てんの? 」
「ううん、姉ちゃんが……」
こんなに近くで話せるなんて思ってなかったから、妙にドキドキして、鼻血もすぐには止まらなかった。出来れば止まらないでほしいとさえ思ってた。ハンカチが真っ赤に染まっていく。
「そっか」
そう言って、アキラがテニスコートを眺めた。
「でも、なんか格好いいよな、テニスって」
「え?」
「なんかさ、あれなんての? 高く来た球を、こう、パコーンって打つの」
「スマッシュ?」
「それそれ、ああいうの見てると格好いいって思うんだよな」
そう言ってまた笑う顔が、俺の心に焼きついた。
ようやく止まった鼻血を確認して、アキラは「よし、もう大丈夫だろ」そう言ってくれた。
「あの、服……」
「いいからいいから、俺らの方が悪いんだし」
「でも」
「気にすんな、じゃぁな、今度はちゃんと避けろよ」
アキラは、笑いながら仲間のところに戻っていった。
それから、何度か試合について行っては、アキラの姿を探してた。
たまにしか会えなくて、いや、見れなくてだな。俺は恥ずかしくて、いつも陰からしかアキラを見れなかったんだ。
もう一度喋りたい、そう思っても恥ずかしくて、声をかけられなかった。だからアキラも、俺に気付く事もなかった。
それから暫く、俺は姉ちゃんが全国大会をかけた公式試合で負けて泣いてるのを見た。
すごく悔しそうに、しゃくりあげて、涙が止まらなくて……何だか俺まで悔しくなって、つい「俺が仇を取ってやる!」なんて叫んでたっけ。
だから、俺はテニスを始めた。
でも、本当のきっかけは、アキラが『格好いい』って言ったからだ。
少しでも、アキラの瞳に映りたくて。