誠-巡る時、幕末の鐘-
「あ、そっか。す、すみませんっ!」
「いや、謝らなくても。……おい、鷹!」
星鈴は暗闇に潜んでいるであろう者を声高に呼びつけた。
すると、家の影から男が一人、ぬっと姿を見せた。
この男もまた、リュミエールに仕える人外――式である。
もともと京に住む妖……烏天狗で、いつもは京にいることの方が多い。
「なんだ、珍しいな。お前がお嬢の傍を離れるなんて。明日は一日中雷か?」
「うるさい」
ぴしゃりと言い返されてもなお、男――鷹はニヤニヤと薄笑いを浮かべ続けている。
鷹の言う”お嬢”とは、リュミエールのことに他ならない。
星鈴がリュミエールの誕生以来ずっと守役として傍に居続けた過去を知っているからこそ言える冗談だが、今の星鈴にとってこれほど笑えない冗談があるだろうか。
いや、あろうはずがない。
この瞬間、あるかないか分からないほどだった遠慮も必要なしと判断が下された。
「……こいつ、レオン様の所へ連れてって」
レオンの名を聞くや、鷹はそれまでの笑みを途端に引っ込めた。
それどころか、みるみるうちに顔が青褪めていく。
じりじりと後退りもし始めた。
しまいには、大きな屋敷の塀にベタリと貼りつくようにして止まった。
止まるしかなかった、と言った方が正しい。
塀がなければ、星鈴の姿が見えなくなるところまで行っていただろう。
烏天狗ゆえ、その翼で飛んで逃げるということもできなくはないが、過去の失敗例が彼にその手段をとることを選ばせなかった。