誠-巡る時、幕末の鐘-
「……桜……か」
「? どうしたの?」
桜を見てしみじみと言う奏に、栄太は心配そうに下から覗きこんだ。
「いや。……ちょっと今日の夢に出てきてな」
「へ〜。綺麗だった?」
「あぁ、とても綺麗だった。大きくてな、立派な桜だった」
夢というよりは、遠く過ぎ去った過去を思い出しているかのように奏は遠い目をしていた。
時折淋しさが瞳をよぎっている。
「ふ〜ん。あ、猫だ!」
栄太の指差す方を見ると、確かにまだ生後間もないだろう子猫が地面にうずくまっていた。
茶色と白の斑模様の小さな子猫だ。
「まだ小さいな」
「誰かの飼い猫かな?」
「違うんじゃないか? 飼い猫なら何かしらつけておくだろ」
その子猫には、鈴のようなものはついていなかった。
「そっか! じゃあお前は野良なのか」
鈴がついていないからといって飼い猫ではないという保証はどこにもない。
だが、二人には絶対野良だという……飼い猫をもつ飼い主からすると迷惑極まりない考えに至った。