誠-巡る時、幕末の鐘-



「ねぇ、知ってる?名を無闇に人に教えてはいけないって」




奏は指に髪を巻き付けながら聞いた。




「知らないと思いますよ。でなければ簡単に言うことばできないでしょうし」




爺が近寄ってきて、丸まっている男を上から見下ろしていた。




「だよね?…名というものはこの世で一番短い呪。全てのものは名によって縛られる。…“中谷長次郎”」




奏の声が今まで腹をさしていた時の子供のような声から、地の底から這(ハ)いでるような低い声に変わった。




「……」




中谷は腹を押えながらも、奏の方を見た。




「次このような事あらばその体、二度と動かぬと心得よ。見えぬ所とて同じ。どこで聞いておるかわからんぞ?」




古風な話し方になり、近寄りがたい雰囲気へと変わった。




「心して過ごすことだな。努々(ユメユメ)忘れるな。私の後ろには誰がおるのか」




二枚の文を取出し、もう一度見せた。




「それを忘れた時…まぁ御家断絶は当たり前のこととして捉えるんだな」




御家断絶はこの頃の武士、特に旗本にとっては忌避すべき問題。


それをほのめかした。



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