誠-巡る時、幕末の鐘-
二人は部屋に戻ると、すぐに片付けを始めた。
「本当にいいの?黙って出ていって」
「うん。ねぇ、珠樹」
奏は珠樹に背を向けた。
どんな表情を浮かべているのか分からない。
「私はみんなと会えて楽しかった。本当にたくさんの人と出会えて…」
奏は何かを懐から取出し、さっと口に含んだ。
「奏!?何を……っ!?」
珠樹が慌てて振り向かせると、信じられないことが起きた。
……奏の唇と、自分の唇が合わさっていた。
何かが口の中に入ってくる。
そこでようやく自分の今の状況が分かった。
薬を盛られたのだと。
口移しで飲まされたのだと。
霞ゆく視界の中で、珠樹は必死に奏を捕まえようとするが、それは叶わない。
「……ごめんね、珠樹」
珠樹が眠りにつく前に見たものは、奏のさめざめと泣いている顔だった。
あぁ、また自分は手放してしまう。
己の命よりも大事な存在を。
珠樹が眠りについたことを確認すると、静かに、一度も屯所を振り返らずに夜の闇に消えていった。