誠-巡る時、幕末の鐘-
―――貴船
「これでいかがでしょう」
「あぁ。もう一度問う。本当にいいんだな?」
「はい」
奏は吹っ切れたような表情になっている。
先程まで漂っていた悲壮感も諦観もどこかへ消えている。
「言い残すことはないな?」
「ありません」
「そうか」
祭神は表面上は常の状態を貫いていたが、内心は遅い、と苛立ちを隠せずにいた。
「では、これで失礼します」
「あぁ」
奏は身を翻し、貴船の社を去ろうとした。
だが、数歩も歩かぬうちに立ち止まった。
否、立ち止まらざるを得なかった。
「………奏」
「た、まき…」
屯所で寝ているはずの珠樹の姿があった。
奏が逆の方へ行こうとすると、腕を掴まれてしまった。
「奏……許さないよ」
「珠樹……」
珠樹の目は、見たことがない程冷たく、感情の一切を失っていた。
何とかして振りほどこうとしたが、全くびくともしない。
奏は唇を噛みしめた。
沖田の時にも感じた男と女の差だ。
男だったら良かった、とこの時以上に思ったことはないだろう。