【短編集】七ツ丘中 百物語
靴音。
知らない靴音が近づいてくるような気がする。
私は思わず足を速めた。
ガチャガチャと鞄を鳴らし、大きく弾む息も気に留めずに走った。耳に入る音楽が、細かく音飛びする。その数瞬の合間にも、聞こえる。靴音。
そして、私の名前を呼ぶ声が聞こえる気がした。
どうしよう。
どうしようどうしよう。
追いかけてくる足音。私の名前を呼ぶ声。激しすぎる動悸に遮られて、その声が男のものなのか女のものなのかも分からない。
耳に流れ込んでいるはずの曲も歌も、意識の外に追いやられている。
縺れそうになる足にイラついて、気ばかり急いて涙が滲む。
聞こえた足音と声が、すぐ近くまで迫ってきている。
濃厚な気配を感じた瞬間に、肩を強い力で引かれた。
「やっ……!」
引き攣れたような声を出してぎゅっと目を瞑る。