【短編集】七ツ丘中 百物語
自分のハンカチで目元を拭うと、吉村は私に笑顔を向けてくれた。私はまだ再生しっぱなしだったiPodを停止させて、軽く吉村に頭を下げた。
「ごめん、吉村。部活で疲れてんのに走って追いかけてくれて、ありがと」
「あー、気にすんなよ。あれくらい、走ったうちに入んねえって」
明るい笑顔に、私もつられるように少し笑った。
もう怖くない。
一人じゃない。吉村がいる。意識しだしたらちょっとだけ、頬が熱くなった。
追ってきた足音も吉村のものだったし、全然怖いことなんてないや。
くすっと笑ったら、ちょっと不思議そうに吉村は首を傾げた。
「どうした?」
「んん、ちょっとね。吉村の革靴の足音を、ものすごい怖がってた自分が可笑しくて」
そう言って吉村の顔を見上げた。
なーんだ、そんなことかよ、って笑ってくれると思った吉村の顔は、微妙な表情で固まっていた。不安が胸を過ぎる。
「……吉村?」