夏の記憶
最初、私はその違和感に気がつかなかった。





いつものお社。





木々に囲まれ、足元には熊笹が顔をのぞかせ、古ぼけた瓦と木で出来た小さなお社。




その注連縄がかすかに揺れていた。




その揺れ方が不自然である事に気がつくのに、そう時間は掛らなかった。




いつもは閉じているはずのお社の扉が、少し開いているのだ。




そして、注連縄は、お社の扉の方からあおられるように揺れていた。




お社の内側から風が吹いている。




どうして?と感じたのと、ほぼ同時だった。




その瞬間、私の頭のなかには、まるで津波のように、忘れていた全ての記憶が押し寄せてきたのだった。







「タケル…」






なんとかそう言ってタケルを追いかけようとした瞬間、足はもつれて動かなくなり、水の中を走っているかのように重くなる。




無我夢中でもがいても身体は前に進まず、周りの景色は急激に色あせていく。



「待って、覚めないで……!!」


必死の願いは言葉にならず、頭は重くなっていく。


薄れていく意識のなかで、わたしはタケルの名前を何度も呼んでいた。
< 50 / 63 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop