Sweet kiss〜眠り姫は俺様王子に捕まりました。
◇◆◇◆◇
数日後、北嶋先生の運転で、私たちは研修先である施設に来ていた。
必要な荷物を部屋へ運ぶと、先生が注意事項を述べていく。
「では、話は以上だ。時間までは、自由に過ごしていいぞぉ~」
今日は、これからお昼までは自由。
さっそく私服を着替えようと言う紫乃ちゃんと一緒に、割り当てられた部屋へと向う。紫乃ちゃんとは同じ部屋で、あともう一人、浅宮先輩が同じ部屋になっていた。
「あら、もう着替えてるのね。二人とも、よろしく」
着替えていると、少し遅れて浅宮先輩が部屋へと入って来た。挨拶をすると、先輩も荷物を置き、私服に着替え始める。
準備が済むと、私たちはさっそく雑談をしていた。
初めは研修についてだったけど、お互いの好きな物なんかの話で盛り上がっていく。
「そうそう。私のことは、翠(すい)って呼んでもらって構わないから」
初めて見た時と同じく、穏やかな口調で話す先輩。
でも、さすがに呼び捨てはと言うと、呼びやすいようでいいということになり、私たちは、翠先輩と呼ぶことにした。
「紫乃ちゃんに、あなたが真白ちゃんね? ふふっ、噂は隼人くんから聞いてるわ」
噂って……。
一体どんなことを言われているのだろうと、ちょっと心配になってくる。
「あ、変なことじゃないから。あの志貴くんが、あなたのお弁当を食べたってメールがあったのよ」
楽しげに話す翠先輩に、私は思わず間の抜けた声を出してしまった。
紫乃ちゃんには言ってないから、きっとわからないだろうなぁと思い視線を向けると……意外な言葉が、紫乃ちゃんの口から発せられた。
「あれほど言ったのに。――ちょっと行って来る」
まったく……と小さく呟き、紫乃ちゃんは部屋から出て行ってしまった。
何が起きたかわからない私は、どういうことなんだろうと、不思議な表情を浮べていた。
「あらあら。志貴くんきっと、これから怒られちゃうわねぇ~」
「怒られるって……」
「もちろん、紫乃ちゃんによ」
先輩の言っている意味がわからず、思わず首を傾げる。そんな私に先輩は、他の子には内緒よ? と言って、耳元で小さく、
「志貴くんと紫乃ちゃん……親戚なのよ」
と、驚くことを口にした。
紫乃ちゃんが……梶原先輩と?
親戚ってことは、紫乃ちゃんも、梶原先輩の素を知ってるってこと、だよね?
「ちなみに、志貴くんのSっぷりを知ってるのは、私の他に隼人くん、晶くん。それに、紫乃ちゃんと真白ちゃんだけだから、他の子には内緒よ?」
ね? とウインクする先輩に、私は大きく頷いた。
「だ、大丈夫です! 絶対に言いませんので」
もし言おうものなら、梶原先輩からいじめられるのが目に見えている。自分からそういうリスクは、絶対起こすものかと思った。
「そうよね。真白ちゃんはもう実感してるみたいだし」
「それも……賀来先輩から、聞いたんですか?」
「えぇ。隼人くんったら「志貴が他人からのを食べた!」とか。「そばに女の子置いてる!」とかって、ちくいちメールしてくるんだもの。志貴くんの素を知ってたから、私も驚いたわ」
素を知ってる人、結構いるんだ。
なんだろう……ちょっとだけ、変な気がする。
「先輩は……その、彼女さん、なんですか?」
その言葉に、先輩はきょとんというふうな表情を浮べる。
「彼女って、隼人くんの? あ、それとも志貴くんのことかしら?」
「す、すみません。いきなりこんな話……」
「ふふっ、いいのよ。みんなからもよく言われるもの。でも、残念ながらどちらの彼女でもないわ」
だから安心してね? と、先輩は相変わらずのやわらかな笑みを見せる。
「あ、あのう、別に私は……」
梶原先輩に興味があるわけじゃないと伝えると、先輩はどこかつまらないような表情を浮べた。
「それは残念ねぇ~。あ、でもどちらかって言うと志貴くんの方が――うん、これは面白いわね」
一人納得したように、先輩は楽しそうな雰囲気をかもし出していて……なんとなく、声をかけづらい気がした。
それからしばらくして、戻って来た紫乃ちゃんと共に、私たちは食堂へ向った。
食事の後の予定は、山を散策するレクリエーション。委員ごとに別れ、地図にある三つのポイントを通過してくるというもの。
楽しそうだなぁと思ったけど、委員ごとということは、先輩たちと紫乃ちゃんの四人ということになるわけで――。
「…………」
「…………」
今、とてつもなく険悪な雰囲気が、二人の間に漂っている。
その二人とは、梶原先輩と紫乃ちゃん。ケンカでもしたのか、やけにピリピリとした空気に、私と賀来先輩は、自然と二人から距離をあけて歩いていた。
「…………」
「…………」
お、重い……。
森の中だというのに、今に限って鳥のさえずりとか聞こえなくて。
息遣いが聞こえるんじゃないかってほどの静けさに、耐え切れなくなったのか、賀来先輩があぁーもう! と、突然大声を出す。
「もうムリムリ! こーんな重苦しい雰囲気続けるなら――!」
肩に手を置かれたと思ったら、私の体は、賀来先輩に引き寄せられてしまう。
「真白ちゃんと二人で、この先行くからね!」
いきなり何を言うのかと驚いていれば、先輩はさっと私の手を握り、二人を置いてスタスタと歩いて行ってしまう。
ほ、本当に行くの!?
慌てる私のことなんて気にもせず、尚も先輩は突き進んで行く。
「あ、あのう。賀来先輩!」
「もうちょっとガマンね。――そろそろだと思うから」
「? そろそろって」
先輩……何か企んでる?
どういうことなんだろうと考えていれば、
「――勝手なことするな」
低い声がしたと同時。体は後ろへと引かれ――すっぽり、梶原先輩の腕の中に納まっていた。