Sweet kiss〜眠り姫は俺様王子に捕まりました。
「お前はあっちだろう?――行くぞ」
「い、行くって……!?」
ふわり体が浮いたと思ったら、間近に、梶原先輩の顔が。
「しっかり掴まれ。走るぞ」
なんで?! なんて疑問の言葉も口に出す暇もないまま。
しっかり私の体を支えると、その場からすごい勢いで、梶原先輩は走り始めた。
後ろを見れば、笑顔の賀来先輩と、呆れたような表情の紫乃ちゃんが見えて。
「他のやつらに見つかるなよぉ~!」
そんなことを言いながら、賀来先輩はずっと手を振り続けていた。
――どれぐらい走ったのか。
開けた場所に来たと思ったら、先輩は、そっと私を地面に下ろした。
「あ、あのう……」
「そんな身構えるな。別に襲ったりしねぇーから」
行くぞ、と言い、先輩は私の手を握り歩き始める。
戸惑う私のことなんてお構いなし。でも、ペースは私に合わせてくれているのか、先輩はゆっくりと歩いてくれていた。
別に、何を話すってわけじゃないけど。
さっきと同じ無言な時間でも、変に嫌なになることはなくて。むしろ、繋がれた手に意識がいってしまって、それどころじゃなくなってる。
「――嫌なら言えよ」
これ、と言いながら、繋いだ手を目元まで上げる。
い、嫌とかはないけど……。
むしろ、そんなことを思う暇さえなかったし。
あるとすれば、これだけ男子と接近するのは避けてきたから、やけに緊張してしまうことぐらい。
「だ、大丈夫です……」
「なんだ、少しは男に慣れたのか?」
「慣れたかは、わかりませんけど……先輩の強引さには、慣れた気がします」
なんかもう、業に入っては業に従え、的なノリ。
その答えが面白いのか、先輩は笑い声を上げた。
「ははっ! お前さ、それがどーいう意味だかわかってるのか?」
「? どういう意味って……」
「そんなの、男は勘違いするぞ?――オレだけ特別なのか、ってな」
にやり怪しい笑みを見せると、先輩は立ち止まる。
向かい合わせになったかと思えば、
「で、実際はどうなんだ?」
と、やわらかな口調で問われた。
急に、そんなこと言われても。
「せ、先輩だって……」
あんなことをしておいて、そんな質問をするのは酷い。
気持ちの整理がついていなかった心は、今の言葉で、一気にかき乱されてしまった。
「…………」
「オレのこと……嫌いか?」
今まで聞いたこともないような、艶やかな声。
いつもと違う先輩の様子に、心臓はドキドキしっぱなしだった。
「真白……どうなんだ?」
「き、嫌いもなにも……!?」
顔を背ければ、急に、顎に手が添えられる。クイッと強制的に先輩の方を向かされると、すぐ目の前に先輩の顔が。それに驚いていれば、先輩は目を細めながら私を見つめ、
「なら……お前の方から、言わせてやる」
そんな言葉を、口にした。
満足そうな笑みを浮かべる先輩。
意味がわからなくて、私の頭は、今の言葉を理解しようと必死だった。
それってつまり……私に好かれたい、ってこと?
だからそんなことを言うのかと、疑問ばかりが頭に浮かんでしまう。
「つーことで――今夜、空けとけよ?」
な? と笑みを見せながら言ったかと思えば、先輩との距離が縮まり――額に、触れるだけのキスをされてしまった。
「っ?! な、なん、で……」
「ん? したくなったから。――んじゃ、そろそろ行くか」
何事もなかったかのように、先輩はまた歩き出す。
ほんの数分の出来事が、まだ頭の中で処理しきれなくて……今はただ、歩いて行くだけで精一杯だった。
*****
キスをした日から、望月には近付かないようにしていた。
近くに行けば、あの匂いがしてしまう。それを感じてしまえば、また迫ってしまいそうな自分がいるからだ。
「…………はぁ~」
そのせいか今、無性に近付きたくなっていた。
まさか自分がこんなふうになるとは、思ってもみなかった。
「なぁ~にため息ついてんの? せっかくのチャンスなんだから、もっと楽しそうにすればいいのに」
私服姿が見れるんだぞ? と言う隼人に、軽く返事を返す。
それはうれしいが、どっちかって言うと、隼人の方がだって楽しみだろうに。
「――お前、望月狙ってんのか?」
前に狙う宣言をしていたことを思い出し、なんとなく聞いてみる。
すると隼人は、あの時とは違い、別にというような雰囲気を出していた。
「ん~まぁ少しは。でも――志貴、本気になってるだろう?」
急に、隼人が真面目な雰囲気で聞く。
「最近ちょっかい出さないし、さっきだって、荷物運ぶ真白ちゃんのこと、手伝いたそうな目で見てるからわかりやすい」
「……そんなわかりやすいのか?」
「まぁオレたちにはわかるかな? って言っても、オレも翠ちゃんに言われてわかったんだけどね」
浅宮かぁ……あいつならわかるのも納得だ。
よく周りを見ているし、何より元々、人を観察するのが趣味みたいなものだから、あいつにはお見通しなんだろう。