Sweet kiss〜眠り姫は俺様王子に捕まりました。
Episode2…逆らえません。〈後編〉
梶原先輩に近付いて行く度、心臓がドキッ、ドキッと、大きく脈打つ。
奥へと進んで行けば、壁にもたれかかったまま目を閉じている先輩がいて。
こうしてよく見れば、みんながカッコイイって騒ぐのもわかる気がしてくる。
絵になるって、こういうことを言うんじゃないかと、ちょっと見惚れてしまいそうな自分がいた。
「あ、あのう……」
「? ちゃんと来たか」
ゆっくり目を開けると、先輩は目を細め、こちらに視線を向けてきた。
な、なんだか……すごく、やさしい顔してる。
こう言うと、普段が怖いみたいになるけど(ちょっと怖い時もあるにはある)、なんて言うか……いつもの笑顔と違って、作ってない、素の顔に見える気がした。
「じゃあ行くか」
「行くって、施設から出るんですか?」
「いや、外に出たらバレるからな」
それだけ言うと、先輩はもはや当たり前のように手を握る。一瞬驚いたものの、最初の頃のような戸惑いはなかった。先輩がこうしてくるんじゃなかって、ちょっと予想ができていたからかもしれない。
黙って付いて行くと、連れて来られたのは、二階のフロア。私たちが過ごす普通の場所へ向っていると、ある不安が、心に渦巻いてきた。
さ、さすがに見られたら……。
ファンクラブがあるぐらいだし、生徒会の他の女子も、主に先輩目当てなのは丸分かり。こんなの見られたら、逆恨みされちゃうと思う。
「「――梶原先輩~!」」
二人の女子が、こちらに向って来る。それに私は、反射的に手を離し、先輩から距離をとった。
「先輩! 私たちと一緒に、中の展示を見てもらえませんか?」
「会長とご一緒したくて……お願い出来ませんか?」
「……いや、オレはもう見て来たから」
一瞬、先輩の顔が険しくなる。けれどすぐに、いつもの爽やかな笑みで女子たちに話していた。
「えぇ~ダメですか?」
「もう一回ぐらい見ちゃいましょうよぉ~」
二人の女子は、まったく引く気配がない。
私のことなんてお構いなしに、二人は尚も先輩を誘い続けていた。
……お邪魔みたい、だね。
「先輩、私はここで」
それだけ言うと、私は振り向かずに部屋へと走った。
あの場にいたら……胸が、どんどん苦しくなってくる。
モヤモヤとして、すごく嫌な感情が湧いて……。彼女でもないのに、私はどうやら、嫉妬をしてしまっているようだ。
部屋に帰るなり、私はベッドへと潜り込んだ。
こんな気持ちじゃ会えないし、何より……どう話していいか、わからないよ。
*****
あまりに押しが強い女子二人に捕まってしまい、オレはその場から動くことができなくなってしまった。
真白は気遣って帰るし、引き留めようにも、オレが一人になったのを好機と捉えたのか、女子の勢いは更に増すばかりだった。
「ね、行きましょうよ」
「っ?! ちょっ!」
一人の女子が、強引に腕を引く。
もう一人の女子は、背中からオレを押してくる。
こいつら……調子に乗りやがって!
「いい加減っ?!」
「もってもてだねぇ~志貴くん」
怒りで手を振り払おうとした腕を、隼人が押さえる。
「悪いけど、用事あるから。志貴、借りてくねぇ~」
やんわりと、女子を引き離す隼人。
さすがに手慣れてると違うなと、少し感心してしまった。
「――で、どうしちゃったの?」
自販機横の席に連れて来るなり、隼人は聞く。それにオレは、あいつらに邪魔をされたと伝えた。
「それで機嫌悪いわけか。ってか、思ったより重症だね。翠ちゃんの予想的中か」
「? 何か言ってたのか?」
「いつものことだよ。「邪魔される確率高いわねぇ」って言ってた」
……あいつ、予知でもできるんじゃねぇーのか?
「占い師とかできそうだな、浅宮って」
「ははっ! 結構似合いそうだよねぇ~」
「何が似合いそうなの?」
「「っ?!」」
話に割って入ったのは、話題にしていた張本人。
昔からだが、こいつの噂をしていると現れる率が高いのはなぜだ?
「二人してここにいるってことは――」
「お前の予想通りだ」
「あら、やっぱりそうなっちゃったのね」
オレの隣に腰掛けると、これからどうするの? と、浅宮は聞く。
そんなの、やることは決まってる。
「行くに決まってるだろう? またあいつらが絡んでくると厄介だ。浅宮、頼む」
「そうくると思ったわ。それじゃあ、真白ちゃんをお迎えに行きましょうか」
オレよりも、なぜか浅宮の方が楽しそうだが……あまり追求するのは止めておこう。
「――それじゃあ、ちょっと待ってね」
呼んで来るから、と言い、浅宮は部屋に入って行った。
……変に気遣ってなきゃいいが。
それか、今からじゃ恥ずかしいとか言って、出て来ない可能性もありそうだが。
「ごめんね志貴くん。真白ちゃん、寝ちゃってるみたい」
「たった数分でか?――まさか、嘘ついてるなんてこと」
いや。浅宮に限ってそれはないか。
「悪い、お前は嘘なんてつく理由ないよな」
「ふふっ。分かってくれてるようで嬉しいわ。一応起こしてみたけど、全くの無反応だから、朝まで起きないんじゃないかしら?」
起きなかったって……。
また、あの時のようになっているのではと、不安が過る。
「…………」
「そんな顔しないの。まだ明日があるじゃない」
「邪魔されなきゃいいがな」
「もしそうなりそうだったら、私があの二人、面倒見ておくから」
「いや、さすがにそれは。東雲(しののめ)と連絡する時間、なくなるぞ?」
「大丈夫よ。そこは気にしないで」
「……ま、もしもの時はな」
浅宮の手を煩(わずら)わせるのも悪いからな。
できればすんなりいってくれと考えながら、部屋へと戻って行った。