Sweet kiss〜眠り姫は俺様王子に捕まりました。

 「おい、聞こえないのか?」

 「…………」

 「おい、なんとか言えって」

 「…………」

 「まーしーろ?」

 「っ!?」

 下の名前で呼ばれ、思わず体が震えた。
 ま、まさか下の名前で呼ばれるなんて――。
 嫌なことを思い出してしまい、少し表情を曇らせた。

 「返事」

 「? 返事、って……」

 「そばにいること。オレに逆らわないって返事は?」

 「そ、そんなの……!」

 嫌に……決まってる。
 だけど、それを口にしたらどうなるのか。



 ――――男の人は、怖い。



 身をもってそれを知っている私には、今の提案を断る勇気はなかった。

 「――――わかり、ました」

 嫌だけど、ずっとこのままになるよりはマシだ!
 そう自分に言い聞かせ、なんとかこの場から逃げることを考えた。

 「ふふっ、物分かりがいいな」

 今までの悪魔のような笑みはどこへやら。目の前には、普段見るやわらかな雰囲気の先輩がいた。
 さっきまで嫌な気分だったのに……ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ、胸がドキッと高鳴った。
 外から入る日の光が、先輩を照らす。それが茶髪である先輩の髪を輝かせ、余計、胸がざわつく原因になっていた。
 手を離されると、気が抜けたのか、その場に膝を付いてしまう。そして前のめりになりながら、ようやく先輩が離れてくれたことに、深い安堵のため息をついた。



 「? お前……男に免疫ないのか?」



 その声に顔を上げれば、すぐ目の前に、会長の顔があった。思わず後ろへ逃げる私に、会長は怪しい笑みを見せる。

 「ふふっ、面白いな」

 「っ!?」

 ななな、なんで、こんなこと――。
 なぜか、私の頭を撫でる会長。
 頭の中はもうパニックで、おろおろとその場にいることしかできない。
 そんな私が面白いのか、会長は笑いを堪え切れなくなり、ついには笑い始めてしまった。

 「はははっ! お前いいよ。本当に面白い」

 「うぅ……」

 なんとなく……不名誉な気がする。
 暗いと言われるよりはマシかもしれないけど、なんだか腑に落ちない感覚が、私の中に渦巻いていった。



 ……ぐわん。



 体に、鈍い感覚が走る。
 それに私は、いつものアレがくると察した。

 「も、もう……帰ってもいい、ですか?」

 「構わないが……今朝のことは、黙ってろよ?」

 威圧感のある声で、会長は言う。少し怖い雰囲気だったものの、今の私には、それよりも体のことが気になっていた。

 「い、言いません、から。――失礼しました」

 廊下に出ると、私は急いで教室へと戻った。



 こんな所で……絶対に、なるわけにはいかない。



 次第に、体が重くなる。なんとか体を動かし教室へと向うと、鞄を手にするなり、急いで寮へと帰った。
 こういう時、学校から近い所に住んでてよかったって思う。
 私が寮に入ったのは、こういう時のことを考えてのことだった。



 「――――急いでどうしたの?」



 寮の階段を上がる途中、親友の紫乃(しの)ちゃんに出くわした。表情が優れない私を見て、紫乃ちゃんはすぐさま、肩に腕を回す。

 「ほら、鞄も貸して!」

 「……ご、めん」

 紫乃ちゃんは、私の事情を知っている唯一の友達。中学から一緒ということもあって、お互いのことを全部、打ち明けて話せる仲だ。

 「着替えなんていいから、早くベッドに入る」

 言葉を口にするのも、億劫(おっくう)に感じる。
 こうなればもう、後は何もできなくなってしまい――ベッドに身を委ね、ゆっくり、目蓋を閉じた。
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