Sweet kiss〜眠り姫は俺様王子に捕まりました。

「あいつには調べてもらってることがあるんだ。色気のある話はないだろう」

「なーんだ。つまんないの~」

 先に行き始める隼人。晶にじゃ、と言ってから、オレも生徒会室に向かった。
 渡り廊下を抜け階段を上がると、ドアの前にはため息をついている浅宮がいた。

「あ、志貴くん……」

「なんで外にいるんだ? 中に真白がいるんだろう?」

「そうなんだけど、ちょっと困ったことになって……あ、倒れたとかじゃないのよ? なぜか私を怖がってて、まともに話ができなくなったの」

 苦笑いで言われ、オレは隼人に急いで藤原に心当たりが無いか聞いてくるよう頼んだ。
 真白は奥の部屋にいるらしいが、声をかけても返事はしてくれない。
 オレが鍵を持ってるから開けることはできるが……また、あんな目をされるはちょっとな。初めて会った時のような顔をまたされると、正直かなりツラい。

「まさか、男と何かあったんじゃあ……」

「それはないと思うわ。私が来た時、女子が二人でここのドアを叩いていたの。なんでそんなことしているのかって聞いたら、中に誰かいるみたいだったから、出て来るよう言っていたみたい。もちろん、真白ちゃんに何かしたってことはないから安心して」

「そうか……。怖がってたって言ったが、具体的にどんなふうだったんだ?」

「ごめんなさいって、ずっと耳を塞ぎながら謝っていたの。ねぇ、真白ちゃんって小さい頃から発作があったの?」

 頷けば、浅宮はなんとも言えない表情を浮かべた。

「これは私の勝手な想像だけど――真白ちゃん、両親と何かあったんじゃないかしら?」

 想像とは言うものの、その目には、確信のようなものを感じた。
 そう言えば……前に言ってたな。産まなきゃよかったとか、色々言われたって。
 でもそれを浅宮に言うのは真白に悪い気がして、内容は言わずに頷くだけで反応した。

「男子でなく私を怖がるってことは、母親と何かあった可能性が高いわ。体を丸めて縮こまるって動作は、自分を護る為の防御姿勢なの。謝っていたことを考えると、ずっと責められ続ける状況にあったんでしょうね。真白ちゃんやさしいから、もしそうなら言い返すなんてこともできなかったでしょうし」

 真白はさらっとしか言ってなかったが、産まなきゃよかったとか、倒れる自分に対して不安を募らせていたなら――多かれ少なかれ、その不満をぶつけられたのは間違いないだろう。
 何が引き金になったのか悩んでいれば、隼人が藤原を連れて来た。浅宮が状況を説明すると、しばらく考えこみ、

「――多分、ドアを叩かれたからじゃあ」

 と、そんな言葉をもらした。

「ドアを叩かれるのが嫌なのか?」

「嫌っていうか、前に真白の実家に行った時、やたら驚いてたことがあったの。特に女の人が叩く時はね。だから今、お母さんを思い出してるんじゃないかなぁ? 真白自身、こーいう時は落ち着かなきゃってわかってるから、そっとしておいても大丈夫だろうけど」

 大丈夫だろうって言われても……このまま放っておくのは、オレ自身嫌だった。

 ◇◆◇◆◇

 まともに息ができない。落ち着かなきゃいけないのに……っ!
 床に座りソファーにうな垂れながら、なんとか呼吸を整えようと必死になった。
 ――音が聞こえる。視線をドアに向ければ、見えたのは女の人じゃなくて男の人。じーっと見ていれば、立っているのは梶原先輩。ため息をついたかと思えば、おそるおそる近付いて来て、私の隣にしゃがんだ。

「…………怖くないか?」

 先輩にしては弱々しい声。先輩もどこか悪いのかなって思いながら、私は頷くだけで答えた。

「息ができないなら、急いで吸おうとするな」

 先輩の手が背中に触れる。怖いって思ったけど、それはほんの一瞬。擦られているうちに呼吸も整いだして、どんどん落ち着いてくるのがわかった。
 ……あやまらない、と。
 気分が戻りだし真っ先に思ったのが、翠先輩への謝罪。なんとなくしか覚えてないけど、近付いて来ないよう拒絶したと思うから……。

「――立てるのか?」

「もう、大丈夫になったので。――あのう。翠先輩はいますか?」

「あぁ。隣に居るぞ」

 先輩に支えられながら、隣の部屋へ向かう。翠先輩の顔を見るなり、私は頭を下げた。

「さっきは、すみませんでした! 気遣ってくれてたのに」

「いいのよ。真白ちゃんも色々あるんでしょ? それぐらい気にしないわ」

「そう言ってくれると、ありがたいです」

「じゃあ飯を食うか。真白は無理して食うなよ?」

 先輩たちは、私に何があったとか追及してこない。それが本当にありがたくて、だからかな。自分から、ちゃんと説明しないとって思ったのは。



「――あのう」



 思い切って話題を切り出せば、みんなの視線が私に集中する。

「さっきのこと、なんですけど。――あれは、お母さんを思い出してしまって」

 私の病名がわからなくて不安だったお母さん。そのせいで両親のケンカが絶えなかったこと。日に日にヒステリックになるお母さんに堪えられなくなったお父さんが、離婚を申し込んだこと。今私は、父親に引き取られていることなんかをみんなに話した。
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