塀の上の蝶
重田社長と日課のブリーフィングも終わり、1日が本格的に始動する。
社長室を出ようとする白井は体のラインをより美しく見せるスーツに視線を感じながら社長室を出た。
秘書としては申し分のない微笑みを浮かべながら。

「おはようございます。白井さん。今日も遅れてすみません。」

メールの返信を書くのに集中していた白井が驚いて顔を上げると、横に佐野由紀子が表情も乏しく突っ立っている。

「おはよう、佐野さん。どうしたの。顔色があまりよくないわ。」

最近佐野の遅刻が目立つ。
既に入社6年目で後輩も増え、仕事も乗りに乗ってくる年齢。
これって5月病なのかしらと思いつつ、遅れてきた佐野を気遣い今日の仕事について簡単に打ち合わせる。
遅刻する後輩のために部長がこんな気遣いをするものだろうか、と我ながら自分の情の深さに呆れながらも、いつも自分を憧れの女性として慕ってくる佐野の様子が気になる。
白井と同じようにしつけの厳しい両親の元で育ち、進学校から有名国立大学へ進学。
そして就職氷河期にこの丸井商事に入社した生粋のエリート女性社員だ。
秘書部配属時から白井に憧れを抱き、白井と同じような体のラインを美しく見せるスーツを着、立ち居振る舞いまで必死で真似ているのだ。

気分がやや重くなった白井はトイレに向かった。
鏡に映る自分の外見は完璧なまでのキャリアウーマンだ。
個室に入り座りながら黒いレースのティーバックと
ガーターベルトを満足気に眺める。


「そんな鎧を着たまま完璧なまでの姿を演じ続けることの出来る人間なんて男だって女だって世の中にいるわけないわ。
そんなことが出来る人は病気になるわよ。」
と思うと同時に佐野のことが頭に浮かびハッとする。
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